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[随筆]吉成庸子物語 【2025年8月号2面】

2025-08-01
カテゴリ:コラム
好評
儀ちゃんは私の心の中に住んでいます 前編
 梅雨らしい梅雨が来ないうちに一挙に夏になってしまった感じがする。あわてて夏服をひっぱり出して来たもののシミがついていたり、しわだらけだったりで、ウンザリしてしまう。きっとクリーニングにも出さずアイロンもかけず、そのまんまクローゼットに押し込んだのだろう。「儀ちゃんが生きていたらこんなだらしない事はしなかっただろうに」と思いながら、何着かを抱えクリーニング屋さんに駆け込んだ。

 でも特にお気に入りのワンピース二着は「完全にシミが取れないかもしれません」と言われてしまった。仕方がない、自分が悪いのだからとあきらめてスゴスゴと家に戻った。そして「そうだ。今日は五時まで空いている。たまには、そごうデパートに行って夏服を買ってこよう」と思い立ち、すぐにデパートへ向かった。年なのに、私はなぜか最近とても忙しい。洋服やアクセサリーを見て回るのが大好きだったのに。
 
 久しぶりのデパートは欲しい物だらけだった。お金があれば、あれもこれも買いたいが、今の私じゃそうはいかない。だから必要に迫られているワンピース二着とブラウス、スカートを買った。儀ちゃんが生きていたらきっとこう言うだろう。「いい年をして派手な服ばっかり買いやがって」。そんな言葉が頭に浮かんでくる。
 
 儀ちゃんがこの世を去ったのは突然だった。驚きも大きかったけど、悲しみも強かった。日ごろは叱られてばかりで「うるさいなあ」と思っていたが、いざ死なれてみると、さまざまな思いが湧きおこってきて、淋しく、つらかった。その上、儀ちゃんの二人の娘が、相続の件で弁護士さんを向けてきた。
 
 私は後妻で子どもはいない。儀ちゃんは前の奥様との間に娘さんが二人いたが、私が嫁いだ時には二人共結婚していた。娘さんたちとはすぐに仲良しになれたので、ホッとしていた。そして上の娘の三人の子どもも私になついてくれて、私も実の孫のように可愛くてたまらなかった。ああ、それなのに儀ちゃんが亡くなったとたん、この仕打ち。それに我が家はそんなに財産があるわけではない。 (つづく)


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