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随筆 吉成庸子物語「三つの映画」【2024年5月号2面】

2024-05-03
カテゴリ:コラム
【今回の「吉成庸子物語」は本紙バックナンバーから再掲載でお届けします】 


櫻の花の季節がアッという間にすんだと思ったらもう目の前はゴールデンウィーク。でも完全にコロナが終わったわけじゃないので、どうなるのかなあ…?と複雑な気持ちになっている。

私の店「夢子」の方はようやく営業は始めたが、お客様の方はさっぱりだ。まだお酒を飲む気持ちにはならないのだろうと思うものの、やはり淋しいし、営業的にも心配になってしまう。でもさ、やるっきゃないんだから、がんばろうと自分を叱りつけている。時々儀ちゃんの写真に向かって、「お父さん応援してね」なんて呼びかけているが、余りご利益はないだろうなあともしっかりわかっている私だ。まあ仕方ない、ゴールデンウィークはゆっくり読みたい本を読んで、観たい映画を観ようと考えている。

そういえば儀ちゃんと暮らした長い生活三十年余りの中で私は二人で映画を何回観たかしら?と数えてみた、3回だけだった。初めて観たのは「ミッドウェイ」という洋画だった。ところが日本が戦争で負けだしたら急に帰ると言い出して映画館を出た。

二本目は「風と共に去りぬ」だった。これはテレビで観たのだが、かなり感動したらしく最後まで、おとなしく観ていたものだ。

女心なんてまるでわからない人だったし、恋愛小説なんて読まなくても、気持ちが悪くなってしまうと言う人だもの。何故「風と共に去りぬ」をあんなに熱心に観たのか不思議でならないが、やはり戦争とスケールの大きさと、やはりロマンが彼の気づかないままに心を打ったのだろうと私は信じている。

そして3本目に観たのが「ホタル」という映画だった。これは友人に誘われてぜひ観ていらっしゃいとすすめられ、珍しく儀ちゃんから誘われて千葉の映画館へ行った。特攻隊がメインになっている映画だった。高倉健さんが主演をやってらしたが他の出演者の方々も全員熱演だった。儀ちゃんはかなり熱心に画面を眺めていた様子。

映画が終わってすぐ立ち上がらなかった。せっかちな儀ちゃんにしては珍しい現象だ。
やがて映画館を出ると珍しく、「珈琲を飲んで帰ろう」という。へえー珍しいことを言うなあと思ったが近くにあったお店に入った。

珈琲を目の前にしても儀ちゃんは何故か無口だった。私が「良い映画だったね」と話しかけた。すると彼は、ウンと言ったがその後で「本当の特攻隊はあんなもんじゃなかった。もっときびしく、もっとせつない事がたくさんあった」とだけ話した。

その後は、何一つ語らなかった。あの日の事は二度と何の話題にもならなかったけど、予科練から特攻隊員となり、役目はたせず生きて帰ってきた儀ちゃんの心の中には先に飛び立っていった先輩や同僚に対する思いがいつまでも、つまっていたのだろう。

そしていつも言っていた。戦争は絶対にあってはならない事だと。
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